常設展示室・展示物(3)
安井息軒『三計塾学規』
翻刻
『三計塾学規』
一、君父之臣子に命學問候は、何れも輔國興家之念願に候間、君父之心を心とし學問出精可致は不及申、平生忠實を宗として無油斷、治身濟民之心掛肝要候、若心違之輩有之節は、不差置相互に異見可致候。聖人、君臣父子夫婦毘弟之重き人論(倫?)に朋友を相加へ五倫と被定候儀は、相共に切磋勉勵して善道に赴き、重き四倫を全爲致候故候、且習切磋候得ば、他日就官途候節、君臣之献替、同僚之議論、極めて都合能出來申候、努々粗略不可有之候、両三度異見相加へ、尚不用輩は我等へ可被申聞候。
読み下し
『三計塾学規』
一、君父の臣子に學問を命じ候ふは、何れも國を輔け家を興すの念願に候ふあいだ、君父の心を心とし學問に精を出だし致すべきは申すに及ばず。平生忠實を宗として油斷無く、身を治め民を濟ふの心掛け肝要に候ふ。
若し心違ふの輩 之れ有る節は、差し置かずに相互に異見を致すべく候ふ。聖人の、君臣・父子・夫婦・毘弟の重き人倫に朋友を相ひ加へ五倫と定められ候ふ儀は、相ひ共に切磋勉勵して善道に赴き、重き四倫を全く致し候ふ故と爲し候へばなり。且つ習ひて切磋候えば、他日官途に就き候ふ節、君臣の献替、同僚の議論、極めて都合よくv出來申し候ふ。努々 粗略にすること之れ有るべからざり候ふ。三度異見を相ひ加へ、尚ほ用ひざる輩は我等へ申し聞こえらるるべく候ふ。
口語訳
『三計塾学規』(斑竹山房学規)
一、主君や両親が臣下や子供に学問するよう命じますのは、いずれの場合も〔優れた人材に育って〕国家を支え一族を盛んにしてほしいという念願からですので、〔そうした〕主君と両親の心からの願いを自分自身の心からの願いとして、学問に精を出さなければならないことは申し上げるまでもありません。平生から真心を持って努めること(=忠實)を主として、決して気を抜かず、自分の身を治め〔一個人として清廉潔白であると同時に、インテリとして〕人民を救うという心掛けが肝要です。
もし〔この〕主旨に背く者がいた時は、そのままにしておかず、お互いにそれぞれ違う意見をぶつけ合うべきです。聖人が、君臣・父子・夫婦・兄弟という重大な人倫に「朋友」を加えて五倫とお定めになられました理由は、お互いに切磋琢磨して正しい道へ向かい、重大な四倫(君臣・父子・夫婦・兄弟)を全うするための源としたからなのです。かつ互いに〔意見をぶつけあって〕切磋琢磨することに慣れますと、後日官途に就きました時、君臣関係で〔臣下として〕主君に善を勧めて悪を諫める(=献替)にせよ、同僚と〔政策について〕議論するにせよ、極めて都合よくでき申します。ゆめゆめ、いい加減にすることがあってはなりません。三度意見を互いにぶつけ合って、まだ結論がでない者は私のところへ言いに来てください。